2010年1月18日月曜日

「トロッタ通信 11-7」

以下は、トロッタ11のチラシのために書きました、解説です。


摩周湖 【1992】

作曲・伊福部昭 詩・更科源蔵

トロッタ第10回公演で演奏した『知床半島の漁夫の歌』と同じく、更科源蔵の詩による、伊福部昭の歌曲である。「摩周湖を書くことは、私にとってもっとも容易であり、同時に一番むずかしいことでもある」更科は、著書『北海道の旅』で、こう述べる。生まれ故郷の北海道・弟子屈村東端にある摩周湖は、更科自身の肉体であり、父であり母でもあった。詩は1943年刊行の第二詩集『凍原の歌』で発表された。伊福部が作曲したのは、半世紀後の1992年で、初演は翌1943年。伊福部作品に力を注ぐソプラノ藍川由美の歌とともに、ヴィオリスト百武友紀の存在も、『摩周湖』作曲の大きな力となった。伊福部によると、摩周湖はアイヌによって“神の湖”と呼ばれた。哀しいほどに美しい摩周湖の姿を、バリトン根岸一郎、ヴィオラ仁科拓也、ピアノ並木桂子の演奏で受けとめていただきたい。(木部与巴仁)


字数の制限がありますので、短くまとめましたが、曲の概要は、ほぼおわかりいただけると思います。続いて、『摩周湖』の全文を載せます。


『摩周湖』


更科源蔵


大洋(わだつみ)は霞て見えず釧路大原

銅(あかがね)の萩の高原(たかはら) 牧場(まき)の果

すぎ行くは牧馬の群か雲の影か

又はかのさすらひて行く暗き種族か


夢想の霧にまなことぢて

怒るカムイは何を思ふ

狩猟の民の火は消えて

ななかまど赤く実らず


晴るれば寒き永劫の蒼

まこと怒れる太古の神の血と涙は岩となつたか

心疲れし祖母は鳥となつたか

しみなき魂は何になつた


雲白くたち幾千歳

風雪荒れて孤高は磨かれ

ヤマ ヤマに遮り はて空となり

ただ

無量の風は天表を過ぎ行く


以上です。

2004年の『時代を超えた音楽』で、当時の私なりに、『摩周湖』を分析しています。本来は、音楽を聴き、楽譜を読み、詩を読み、それだけでいいはずのところを、いろいろと書いているので、それ自体が私の思いの表われではありますが、余計なことという思いが、今の心境としてはあります。文章で書くと、どんなにすぐれた分析でも限界はあるので、それよりは、トロッタの会のように、演奏するのが一番だと、私は思っています。しかし何度も書きますが、伊福部先生への取材に始まり、関係した人や土地を取材し、さまざまな文献を読み、三冊の本にし、そういうことを経ないではトロッタに行き着けなかったのですから、何もかもが必要だったこと、遠回りでも無駄はひとつもない、たとえ出発点が音楽ではない文学であろうともと、私は納得したいと思います。

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