2011年5月11日水曜日

トロッタ13通信(26/5月11日分)

(其の四十三)
 トロッタの音楽様式がカンタータであると思うなら、それはそれでよい。名前にはこだわらない。名前は後からついてくるものである。名前はなくてもよい。先に書いたことだが、名前のためにすることになるから。つまり、カンタータを書きたいからカンタータを書く、といった類。自分の中に生じたテーマなり、抱いたモティーフを生かすために、例えばバリトンとオーケストラを欲した。それが結果的にカンタータと呼ばれた。これが本当だろう。憧れだけでカンタータを書く必要はまったくない。自分のスタイルが生まれればいい。電子楽器が必要なら使えばいいし、機械音が必要なら、それを使えばいい。現代人だから、電気的な音は身近にある。それを忌避さけることはない。私は、聴く側に肉声を届かせたいと思っているので、マイクを通さなければならない声は使いたくないだけだ。生きているのだから空気の振動で伝わる生の声がよい。マイクを通した声なら、私は生きていなくてもよい。
 酒井健吉は朗読を伴う自作の曲を、室内楽劇と呼んだ。ソプラノ、詩唱、ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための『天の川』や、これはまだトロッタで演奏していないが、詩唱、ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための『祈り 鳥になったら』、これもトロッタで演奏していない、アルト、詩唱、オーボエ、ヴァイオリン、ピアノ、打楽器などの『海の幸』などが典型だろう(初演時には電子オルガンも使用されたが、作曲者に改訂の意向があると聞く)。もちろん、『トロッタで見た夢』を忘れてはいけない。ソプラノとヴァイオリン、チェロ、ピアノ、あるいはソプラノとピアノのための曲になっている。
 また橘川琢は、同様に自作の曲を詩歌曲と呼んでいる。橘川の姿を初めて意識したのは、伊福部昭の葬儀の場であった。それまでも幾度か、演奏会場で見かけている。初めてトロッタ参加のことで話をした際、それは新宿にある小田急百貨店のカフェだったが、酒井健吉の『天の川』の録画をコンピュータの画面で観た。橘川が、こういうことをしたかったのです、といった時の声を忘れない。誰もが同じ反応を示すかどうかはわからないが、『天の川』という曲には、“こういうこと”といわれる、わかりやすさ、典型がある。ひとつには、語りが、音楽を牽引する力になっていること。ふたつには、歌や楽器演奏など、一般的な音楽の形もあること。みっつには、形式感や規則に縛られない(歌にもしなくてよい。人間にとって普遍な、語りも音楽の要素にしてよい)自由さがあること。よっつには、音楽が語りのBGMにならない、歌と同様の結びつきが維持されていること。いつつには、事実を述べる叙事性と、感情を述べる叙情性のバランスを、作曲者が計算できること。特にこの点は、叙情的な橘川にふさわしいと思っている。作曲家には、彼や彼女独自の、詩へのアプローチがある。橘川との作業を振り返ってみよう。

(其の四十四)
■ 橘川琢
 橘川は第十四回のために、『都市の肖像』第四集を出品する。『硝子の祈り』と題されている。一集『ロマンス』と二集『摩天楼組曲』は演奏されたが、三集『時代の逆光』はまだ。2010年の第三回個展で演奏予定だったが、曲が間に合わず未完のまま。しかし、すでに構想はあるので、トロッタのため、先に四集が作曲されることになったのである。
 未完といえば、橘川は『1997年 秋からの呼び声』という曲を構想し、第九回で発表するはずだったが、仕上がりが遅れて演奏できなかった。ヴォーカル、詩唱、弦楽四重奏、ピアノ、エレクトーンによる、大がかりな曲であった。学生時代のヨーロッパ旅行をもとにした自己の物語を、彼は持つ。それを音楽にする、ということだ。
 手元に、その資料が見当たらないので記憶で書く。誤認があったら訂正するが、実はこの曲は、すでに一度、完成していた。橘川と、前記の小田急百貨店で打ち合わせをした時、提供された作品集のCDに収録されていたのである。それは、彼が音楽ソフトで作曲したものだ。舞台で演奏されたことはないが、すでにあるものには違いないので、トロッタで発表することは容易だと思い、彼もそう判断した。ところが、改訂作業を繰り返しているうちに構想が膨れ上がり、練習に間に合わなくなったのである。
 失礼な表現になるといけないが、私は、未完の作品に関心を持っている。小説と映画で、何作か、未完に終わったという観点から論じたいと思っている作品がある。つまり、可能性を有し、読む者、見る者の想像を働かせてくれる(抽象的と思われるといけないので、例をあげる。三島由紀夫の『豊饒の海』第四部「天人五衰」は、現行版では他の三部にくらべて短いが、本来はより長大な作品になるはずであった。それは残されたノートでも明らかである。「天人五衰」はよくまとまっていると思うが、三島の死と引き換えるような形で当初の構想が文章化されなかったことは残念である。よく知られたことだが、「天人五衰」最終回を書き上げて、彼は死地に赴いたのだ。また山本薩夫監督の映画『戦争と人間』は、現行は三部作で終わっているが、本来は五部作ないし四部作を構想していた。映画会社の経営が悪化したので、三部で終わったのである。そのため、描かれた時代が短くなった。また第三部の初期台本を読むと、完成作とは大幅に異なる。一部、二部の登場人物が三部でも描かれていたが、完成作から省かれた場合が多い。第三部で完結させるために、台本が改変されたのだ。どちらの作も、とりあえずは完成しているので、未完とはいえない。刊行も上映もできなかったわけではないが、私は作品の構想を大きくすること自体には、可能性を与えることだから、反対ではないのである。繰り返すが、だから発表できなかったという言い訳は、もちろん、できない)。
 橘川の『秋からの呼び声』が第九回で初演できなかった事実は重く受けとめなければならない。しかし、曲の構想が大きくなることは理解できる。小さくなるよりはよい。いろいろな理由があるだろうが、『秋からの呼び声』が曲にならなかったのは、彼の中でまだ、学生時代の物語が生々し過ぎるからではないだろうか。客観化できていない。だから構想が大きくなって、まとめられなかったのだと思う。この点に、橘川琢の特徴もある。至らない点、実現できなかったことにこそ、作家の特徴はあると思っている。

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