2011年5月16日月曜日

トロッタ13通信(31/5月16日分)

(其の五十三)
■ 甲田潤
 彼とのつきあいは、約20年以上になる。『伊福部昭 音楽家の誕生』を書いていたころ、東京音楽大学の民族音楽研究所員として常駐する彼には、さまざまな便宜をはかってもらた。1995年ごろに出会ったと思う。トロッタを始めるにあたって、甲田潤にも出品を依頼した。いや、もっと広く、協力してほしいと思った。できれば、一緒にトロッタを作っていこうとした。
 甲田潤とは、1999年3月初演の、合唱曲『くるみ割り人形』を共同製作した。チャイコフスキーの原曲を彼が編曲し、私が日本語の詩を書いたのである。ピアノ伴奏のためだけでなく、オーケストラ伴奏の合唱曲にもなっている。そして去る2011年3月には、地震のために正式の形ではなかったが、新たな合唱曲『シェヘラザード』を発表した。こちらも、オーケストラ伴奏版が間もなく作られる。夏に演奏されるだろうか。
 2005年には、甲田潤の依頼を受けて、合唱のための詩『ひよどりが見たもの』全七篇を書き下ろしている。しかし曲がなかなかできない間に、2007年には酒井健吉が詩唱と器楽のための曲とし、2010年には田中修一が、七篇から二篇を選んでソプラノとピアノのための歌曲にした。甲田潤による『ひよどり』の前奏を聴かせてもらったが(まだ歌が始まるまで行っていない)、彼らしい厚みのある音の重ね方であった。詩に対しては異論がないはずなので、合唱曲として完成される日を楽しみにしている。
 その、始まりの一篇を掲げよう。



「夜あけ」

夜がささやく
もう行くから また明日
朝がささやき返す
おはよう 元気だったかい
時が去り、時が来(きた)る
移りゆく時のはざまで
羽の衣に包まれ
じっと 目を閉じている
一羽のひよどり

朝露にしっとり濡れた私の翼
もう少し眠っていたい
誰にも邪魔されない ねぐらの中で
静かだな
風はもう 吹いていない
静かだな
雨ももう やんだみたい
怖かった 昨夜の嵐
何もかもが吹き飛んで
この世の終わりが来たかのような
春の嵐だった

羽の音が聞こえた
誰かが飛び立った
また羽の音が聞こえた
誰かがどこかへ飛んでゆく
まだ暗いよね 暗いはずなのに
きらきら星がとけてゆく
黄金色(こがねいろ)の光が 
夜のとばりを押し上げて
朝の訪れを告げている
さあ 起きなさい
新しい一日の始まりだよ
どこかで聞こえる 朝の声
まだいいでしょう まだいいよね
私はもう少し 眠っていたい
この木の上で じっとしていたい
でも また誰かのはばたきが
もう 夜が明けるのかな

(其の五十四)
 甲田潤は、女声合唱団コール・ジューンの指導を続けている。彼女らの演奏会は、四百人規模の会場がもう満席になるほどで、その点はトロッタが見習わなければならないと、常に思っている。コール・ジューンの演奏会を聴いた時、女声合唱の透明感に心をうたれ、涙が流れて止まらなかった。伊福部昭追悼演奏会が、代々木上原のけやきホールで行われた時、私とコールジューンは前後して舞台に上っている。伊福部の『オホーツクの海』について書かれた更科の詩を私が詠み、その後で、コール・ジューンが『オホーツクの海』を演奏した。トロッタにも、合唱団として出てほしい。早稲田奉仕園スコットホールで女声合唱が聴ければいい。自分たちの演奏会を作ってゆく彼女らの思いもあり、なかなか、難しいことではあるが。
 声の力。人が発する声の力は、それ自体に価値がある。それは肉体そのもの力。肉体は、生きている証である。
 私にとって、詩と音楽の出発点に、甲田潤がいる。だから、トロッタを始めるにあたって、私は彼と手を携えたかった。現実には、そうなっていない。理由はさまざまある。しかし、甲田潤は二度、第七回にソプラノとヴァイオリン、ピアノによる『嗟嘆(といき)』を、第八回に独奏曲『ピアノのための〈変容〉』、縁山流声明と絃楽のための『四智讚(しちさん)』を出品してくれた。特に『四智讚』は、声明のたに三人の僧侶に出演してもらうという、通常では考えられないトロッタとなった。甲田潤の音楽は、トロッタに近いところにあると思う。彼が容易に参加できないのは、私の力が不足しているからだ。
 私は彼のため、2007年に、こんな詩を書いている。具体的には、甲田潤が作曲し、甲田潤と音楽活動をする、ソプラノの弓田真理子に歌ってもらえたらと思っていた。目下、甲田潤の心はこの詩にないと思うが、いつか、実現できればいい。



うたいたくて

木部与巴仁

あなたは うたおうとする
立っている うたおうとして
歌は 何もないところに
生まれる

すり切れた日常に 求める
すりへった心に 求める
こわれかけた風景に 求める
そんな あなたの歌
ちぎれかけた時間を つなぎとめたくて

あなたがうたうまで
何もなかった
あなたがうたうまで
見えなかった
聴こえる 声が
見えてくる 心が
はっきりと

目を閉じれば 思い出せる
安らぎとともに
眠っていた 忘れかけていた
あの時のこと じっと
耳をすましている

聴きたい
あなたの声
見たい
あなたの姿
味わいたい
あなたが作り出す
作り出さなければ なかった
風景

覚えていてほしい ずっと
忘れないでほしい いつまでも
刻みつけて 深く深く
見てごらん ここにある
見えるだろう 目を凝らせば
歌が あらわしたもの
あなたがうたってくれたもの
光っている
そっと

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