2009年11月15日日曜日

「トロッタ通信 10-7」

第10回目でトロッタに初参加されます田中隆司さんは、「響リュウ」のお名前で、演劇畑でもご活躍です。清道洋一さんと同じく、グループ「蒼」の同人です。田中隆司さんの曲を初めて聴きましたのは、旧東京音楽学校奏楽堂で行われました、昨年のグループ「蒼」演奏会でした。私も出演させていただきました。それ以前に、田中さんが響リュウとして書きました、萬國四季教會の舞台を拝見しました。「ボッサ 声と音の会vol.4」にも足を運んでいただきました。その上で、トロッタの会でご一緒できればと、お誘いしたわけです。


トロッタ10で演奏される田中さんの曲は、『捨てたうた』です。『時速0km下の世界』『約束 1977年のために』『万華鏡』という私の詩、三篇を自在に用いて、新たな一篇にされました。ちらしにありますご本人の表現では、「解体再構成」ということになります。もとの詩は長いので、ここに全文は掲げられません。トロッタのサイトには掲載しています。

「解体再構成」された音楽のための詩も、楽譜上にあるので、書くのが難しいようですが、試みてみましょう。二つか三つに分けて、話を進めます。

もとの詩の表記と、譜面上の詩の表記が、ところどころ異なりますが、そのまま記しました。それが田中さんのリズムであり、メロディだと信じるからです。同様に、これは私の詩というより、田中さんの詩になっています。詩から音楽へ、完全に変化しています。


  *


捨てたうた

(詩・木部与巴仁「時速0km下の世界」「約束1977年のために」「万華鏡」より)


田中隆司・構成


(男)

満月だった

水の中の魚(うお)として

空を見上げた

花が咲いて

世の果ての山に似る

満月の有り様(ありよう)


(駅員)

間もなく二番線に

普通電車が参ります


(黒衣の女)

作ってあげましょう

あなたのために

人形を


(男)

海の満ち干

逆巻く潮(うしお)が

渦になって流れている


(きみ 娘)

この窓から見える風景が

わたしは好きよ

鉄道ビルとゆうのね

町の風景が途切れるあたりに

柱のように建っている


  *


ここまでで、すべての詩唱者が現れました。男、駅員、黒衣の女、きみ(娘)です。トロッタ10では順に、私、黒田公祐さん、笠原千恵美さん、松谷有梨さんが詠います。

また、用いられた三篇も、すべてその要素を現わしました。男と駅員の言葉は『時速0km下の世界』、黒衣の女の言葉は『約束 1977年のために』、きみ(娘)の言葉は『万華鏡』から採られています。


『時速0km下の世界』は、もともと小説でした。総武線飯田橋駅のホームは、急速にカーブしています。駅に入ると、長い車輛の列がホームに沿って折れ曲がります。車輛とホームの間が、大きく開きます。私が通った大学は、飯田橋駅に近い法政でした。電車に乗り降りするたび、足下にぽっかり空いた暗がりを見てきました。電車はすでに止まり、そこは時速のない世界です。人の来訪を誘っているように思いました。線路が直線ですと、電車はいきなり入線する印象ですが、飯田橋駅のように、カーブの中心にあると、遠くから電車が近づいてくるのが見えます。近づくにつれ、あの電車の前に、下に、身を投げたいという欲求が頭をもたげてきます。日々の生活に疲れた人にとっては、危ない場所です。そんな駅を舞台にして書いたのが、『時速0km下の世界』でした。


『約束 1977年のために』は、やはり私の大学時代を背景にしています。飯田橋駅の近くに、人形の家という名の喫茶店がありました。サークルの仲間と、そこに集い、何時間も語り続けたことを思い出します。『捨てたうた』には採られませんでしたが、原詩には「覚えているでしょう/川べりの喫茶店/議論に疲れて/水だけを飲んでいた」という言葉があります。これは、私にとっては重要な場面ですが、田中さんはカットされました。先の『雨の午後』同様、物語性は歌に不要と判断されたのでしょうか。とても興味深い点です。ただ、私にとって、そのような、喫茶店で友人と過ごす時期は、長く続きませんでした。大学の中で活動するという行き方が、私に向いていなかったからです。

詩は、学生時代から数十年が経った、2009年の現在が対比されます。「作ってあげましょう/あなたのために/人形を」という女の言葉は、私の詩ですが、田中隆司さんは、自分のものにされました。田中さんのためにある言葉のようです。


『万華鏡』は、「鉄道ビル」が見える、ある一室を舞台にしています。私は、密室にひかれます。それは、男と女がいる密室です。密室ですが、外界と結びついています。私は決して、外界を遮断しません。その象徴が、「鉄道ビル」です。「鉄道ビル」を、私は夢に見ました。そこは、東京のような大都会を走る鉄道網がすべて交差する、ある一点です。私は学生時代、劇画家の石井隆氏の作品にひかれました。今また、ひかれています。彼の作品は、エロ劇画などと呼ばれることが多いのですが、決して、そんな手あかまみれの一言では片付けられません。また暴力的でもありますが、その背後には、あまりにも大きすぎる哀しみがあります。『万華鏡』は、もしかすると、石井隆氏の作品から受けた影響が、詩の形になって現われたものかもしれないと思います。となると、『時速0kmの世界』『約束 1977年のために』『万華鏡』は、すべて、私の学生時代によりどころを持った作品ということができます。


  *


(黒衣の女)

作ってあげましょう

あなたのために

人形を


(男)

最後の一歩が踏み出せなかった

あの日々

ホームの端で

純色(にびいろ)のレールを見つめていた

光る

虚空の月


急ぎ足で去ってゆく

女たち 男たち


(黒衣の女)

作ってあげましょう

あなたのために

人形を

作ってあげる

あなたに似せた

やせっぽちの

人形


(男)

誰でもいい

背中を押してほしかった

カーブを描いたホーム

その真下に

速度のない世界を


振り返えると

きみはぼくを見ていた


(きみ 娘)

雪が降っているよ

窓の向こうに

一面の粉雪

窓を開けてみて

部屋が雪いっぱいになっていく

音が消えるのよ

雪の日には


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