2012年2月24日金曜日

トロッタ日記日記120213-16(*前回投稿の日記に先立つ)

2月13日(月)、(*kibeyohaniのツイッターと重複するが音楽関係にしぼって記す)ギタリスト深沢七郎との出会い。代々木上原の古書店ロスパペロテスで、深沢七郎の『深沢ギター教室』を初めて手にした。アリステア・マクラウドの本を買いに行ったがそれはなく、代わりが深沢七郎(マクラウドの本3冊はamazonで古書を注文した)。深沢七郎がギターを弾いて日劇ミュージックホールに出ていたことは知っていたが、このようなクラシックギターの教本を著すほどのギタリストとはまったく知らなかった。昨年は山梨県立文学館で深沢七郎の企画展が開催され、何度もチラシを手にしていたのに、自分には関係ないと思い、行かなかった(深沢七郎について知っていたら、間違いなく文学館に行っただろう)。『深沢ギター教室』は2100円だったので、この日は買わず。しかし、オークションや古書店のネット販売を見ると、軽く4000円以上するもの。2100円は安いとわかり、買うしかないと思う。
萩原朔太郎の“詩と音楽”演奏会準備のため、前橋文学館に行かなければと思う。演奏会の準備というより、まだ考えをあたためる過程である。早ければ明日14日(火)に行けると思うが、ほとんど準備していないので、それは取りやめ。前橋に行くなら、市中をまわりたい。朔太郎の詩が生まれた土地を肌で感じたい。深沢七郎同様、朔太郎もギタリストであった。マンドリンと一緒に弾いた。演奏会プログラムには「ギター 萩原氏」などと出ている。ギターやマンドリンを弾きながら詩を詠むこともあったかもしれない。室生犀星の『野火』は、朔太郎自身が旋律化しているほどだ。自作の詩を歌などにした記録はないと思うが、遠く時間が経って、田中修一氏が作曲しているので、朔太郎の“詩と音楽”は、彼の手は直接加わっていないが、間接的にせよ、絶えずに継続されているテーマだといえる。継続されているということを、演奏会で打ち出したい。

2月14日(火)、久しぶりとなる花の新作詩『花首』を完成させ、上野雄次氏と橘川琢氏に送信。曲になればいいが、ならなくてもよい(約束はしていないという意味)。作曲されればもちろんよい。詩の自立性を考えれば、旋律やリズムのために、言葉をゆがめることはない。ただ、共同作業が前提であるなら、あえて言葉への制限を引き受けようと思う。旋律に乗せるのが苦しい言葉に固執しようとは思わない。作曲家に苦しみを引き受けさせようとは思わない。花の詩は、次々に書いていきたい。しかし、無理な状況だ。新鮮さが失われているのかと思っている。その反省もあって、何か書きたいと思ったのだ。上野氏が関係するふたつのイベント、花のバトルと花会を経て、詩になった。上野氏以前に意識していた花道家、中川幸夫のこと、花だけでなく美術作品から受ける詩への影響など、考えることは無数にある(船越桂、有元利夫の作品も、私に詩が書けるかもしれないという気持ちを強く起こさせる)。
結局、この日は前橋に行かず、部屋の整理を始める。明日のレッスンの準備すらしていない。ロルカについても勉強しなければ。“Zorongo”の詩はロルカが書いたというが、詩集に載っているのか? 載っているという話だが、全集をめくっても見つからない。ロルカ伴奏によるアルヘンティーナの歌唱の、早口言葉のように速いこと! これを私はどう歌う? テーマだけ増えて、ひとつひとつが深まらない焦り。午前2時過ぎまで起きていたが、何も進まなかった。

2月15日(水)、練習不足のまま、ロルカの“Zorongo”をレッスンしていただく。全然駄目だと思う。このような歌は、ばかにする意味ではなくできるはずもないが、ギターを弾きながらさっと歌いたいものだ。それでこそ味わいが生まれる歌であるはず(考え違いかもしれない。練習はしているが、すればするほど、本来の形から離れていく気がする。しかし、民謡の歌い手も、世界のどこであれ練習しているわけで、その上で他人に聴いてもらっているので、練習が不要のはずはない。練習の仕方が違っているのか? 私の心構えが違っているのか?)。
『深沢ギター教室』がどうしても欲しくなり、古書店ロスパペロテスに予約。気がつけば、ロスパペロテスはロルカの朗唱者、天本英世氏が連絡場所にしていた喫茶店があるビルに入っていた。この店で何度か、天本氏と打ち合わせさせていただいた。形にできなかったが。それは無念だ。無念さを、自分で晴らそうとする。それがトロッタの根にある。ロスパペロテスの玄関まで50cmと接近した瞬間、ギタリストの萩野谷英成氏からメールが届く。文面は、『深沢ギター教室』を代わりに買ってほしい、というもの。彼が注目するのは当然だが、このタイミングでメールが届いたことに驚く。思いが一致したわけで、このような偶然、必然は逃したくない。
これに先立ち、山梨県立文学館に電話して、展覧会「深沢七郎の文学 『楢山節考』ギターの調べとともに」の図録と関連資料1点を注文。料金も、即刻支払った。気分が高揚し、田中修一氏の歌曲『鳥ならで』を弾く。田中氏が、私にこの曲を与えてくれたことを奇跡のように思う。いや、私の詩による詩唱曲、歌曲は、すべて奇跡のようなもので、作曲の皆さんには感謝してもしきれないのだが(同時に、詩を書いた者として背負うべき荷であると思っている。負うことを引き受けるべき荷だ)、『鳥ならで』はギター曲であるだけにありがたいと思う。難しいと弾けないのだが、『鳥ならで』なら何とか、いや、この曲すら駄目なのだ。『鳥ならで』が弾けるようになれば、次は朔太郎の詩による『遺傳』。さらには朔太郎の『ぎたる弾くひと』に触発されて書いた、ギタリスト石井康史氏の追悼曲『ギター弾く人』も。道は遠いが、どこかで加速させ、次々に弾いていきたい。西荻窪・奇聞屋の朗読会が行われた日だが、忘れて行けなかった。たるんでいると思う。私にとって、大事な拠点ではないか。だが、たった今あるすべてをこなしきれないのも事実。言い訳だろう。前橋文学館学芸員の小林氏とメールで連絡を取り合い、明日16日(木)に、おそらく、行くことにする。深夜になっても態度決まらず。しかし、準備不足でも行ける時に行くしかない。

2月16日(木)、8時32分、阿佐ケ谷から中央線で上野をめざす。9時37分、上野発高崎行きに乗車。高崎には11時16分に着く予定。10時05分、大宮発。友人のいる上尾を経て、10時22分鴻巣着。熊谷、岡部、本庄を経て、籠原で車輛切り離しのため乗り換え。榛名山を遠望する。竹下夢二で親しんだ山だが、遠くてもきちんと見るのは初めてかもしれない。11時26分高崎発、両毛線伊勢崎行きに乗り換えて前橋へ。46分前橋着。シャトルバスに乗って中央前橋駅に行く。広瀬川沿いを歩いて文学館へ。小林氏の導きを受け、展示室、ホールを見学。閲覧室にて、朔太郎の自筆譜、プログラム、メモ、ノートなど、音楽資料をすべて撮影。15時半ごろ終了。3時間半の作業だったが、空腹も手伝ってふらふらになる。市中をめぐるのは次の機会にしよう。車がなく、バスは頻繁になく、タクシーをやとうお金もない(いっそ、一泊した方が安いかもしれない)。道がわかったので、徒歩で前橋駅まで戻る。16時04分発の電車で高崎に戻り、21分発の上野行きに乗った。今度は上野回りでなく、赤羽で乗り換えて新宿に向かう。16時54分に籠原発。日が長くなって、まだ外は明るい。

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