2月14日(火)、橘川琢氏と上野雄次氏に花の詩『花首』を書いて送った。
2月15日(水)、歌のレッスン。酒井健吉さんが『美粒子』の作曲方針を送ってくれる。前橋文学館学芸員の小林氏に、氏が教えてくれた日程にもとづき、明日の訪問は無理か尋ねる。明日でもさしつかえなし。
2月16日(木)、萩原朔太郎の“詩と音楽”を求めて前橋に行く。トロッタから派生する、どんな演奏会が開けるか。朔太郎の“詩と音楽”を、(トロッタをよりどころにする)私たちとして、どこまで追究できるか、“詩と音楽”の実践の場にできるか。学芸員の方との打ち合わせ、資料の撮影はしたが、前橋市内の実地調査はできなかった。慣れない遠出で昂奮してしまい、眠れない。無理に寝た。トロッタ15には無縁だが、朔太郎を知ることは、必ずトロッタに生きる。彼は“詩と音楽”の先達だ。
2月17日(金)、お金の支払いが滞っているという連絡がある。愛媛県に出張中の清道洋一氏から、『革命幻想歌2』の稽古をしたいという連絡がある。トロッタ15ご出演の松本満紀子さんから、グループえんのチラシ作りについて相談の連絡がある。それらすべてがトロッタに反映する。日本音楽舞踊会議演奏会のため、清道洋一氏作曲『革命幻想歌2』の準備を始める。遅い?(この日に清道氏から稽古の申し入れがあったのはシンクロ)横滑ナナさんの踊りを観に横浜へ行った。思うこと多し。舞踏に接し続けた20代前半の日々が、今の土台にある。
2月18日(土)、日本音楽舞踊会議演奏会のため、『革命幻想歌2』の稽古を、清道洋一氏、堀江麗奈さんと秋葉原で行う。久しぶりの、芝居の動きだ。早朝に清道洋一氏からメールがあり、10時に秋葉原駅改札口に集合して、『革命幻想歌2』の稽古をしたいという申し入れ。望むところである。ソプラノ大久保雅代さん、ピアノ徳田絵里子さん。トロッタ15に出演する二人の演奏会が、雑司が谷音楽堂で行われた。トロッタの会場として、何度も検討した会場である。今のトロッタはスコットホールで行うが、検討したことも歴史にあってのスコットホールなのだ。つまり、ことの大小を問わず、行った一つ一つが礎となって、トロッタを形成しているということ。何かをすればもちろん、何もしなければ、それがそのままトロッタに反映される。本当は日常のすべてをトロッタに使いたいと思うが、それは不可能。そこに問題がある。清道洋一氏が『革命幻想歌2』の稽古を終えていったこと。トロッタの練習も、これくらい(前から? あるいは細かく? 両方だろう)したい、と。その通りである。間際になっての練習が多すぎる。原因はいろいろだが、日常の行い一つ一つを振り返れば反省できる。トロッタ15についても、本番はまだ先だが、準備、練習ということでは、もう取り返せない遅れが出ていると思う。目に見えなくても。逆に、例えば萩原朔太郎の“詩と音楽”のため前橋に行ったことが、関係なさそうでもトロッタに生きる、というようなことはある筈。山梨県立文学館から深沢七郎展の図録など届く。ギタリストとしての深沢七郎を知ること。これもトロッタに通じる筈。
2月19日(日)、昨日の『革命幻想歌2』の稽古で、喉をいためた。声の出し方がまずいのだ。喉をいためるように出してしまっている。風邪に注意。台詞を覚えなければ。覚えて心と身体から発声し、動きを伴わせれば、喉をいためないと思う。何もできない一日。特に「詩の通信VI」2号分の発行が滞っている。明日は月曜日だが、出せるか? 駄目なら3号分が停滞する。詩はできているというのに。
2月20日(月)土曜日の、『革命幻想歌2』の稽古でいためた喉が少しよくなっている。よくなってほしい。誰のせいでもない。私がいけない。言葉が身体に入っていないのに、大きな声をはりあげたから。歌と芝居の声の出し方は違うと自覚しなければ。誰がしても、同じではないと思う。トロッタの表現についてもいえること。私は歌い、詩唱している。どちらも、私の表現としては詩唱だが、逃げるつもりはない。歌として、まずいと、評価してほしい。かつて、田中修一氏の『遺傳』を歌った時、歌の後の朗読はよい、と書かれた。歌はまずいということだ。
2月21日(火)ほとんど何もできない日。花粉の影響もあって集中できない。部屋を少しだけ整理したら、トロッタ15で初演する、酒井健吉さん作曲『美粒子』の詩を書いていたころのメモが出てきた。木村恵多さんの写真4点を原寸でカラーコピーし、周囲に詩をびっしりと書いていた。酒井健吉さんに、『美粒子』の作曲メモを送ってほしい、原稿にして紹介するからといい、送ってもらったのに肝心の原稿を書いていない。前橋に行くなどするうち、気持ちがばらばらになってしまった。申し訳ない。『美粒子』のメモが出てきたので、これを契機に書こう。トロッタのことではないが、田中修一さんに、山梨県立文学館から届いた深沢七郎の資料をコピーして郵送。深沢七郎について考え、彼が尊敬した作曲家・小栗孝之について考えるなどするうち、ギターを弾きたい気持ちが強まり、田中氏が私の詩をもとに書いてくれた『鳥ならで』を弾いて歌い続ける(下手に)。音はまずいが、時にぞくっとする瞬間がある。曲がいいから。多少ともうまく弾けるようになれば、もっとぞくっとするであろう。これで聴く人をぞくっとさせられればよい。今は、ぞっとさせる段階。できないことが多すぎる。
2月22日(水)ファゴット奏者のTさんと東京音大で会う。出演を引き受けてくださる(新メンバーの名前は、すべて確定するまで匿名とする)。コントラバスの丹野敏広さんと引き合わせる。民族音楽研究所の甲田潤さんとも。新しい方々の演奏の場が広がるなら、私にとっても、新しいメンバーと出会うことで、自分の可能性が広がるのだと思う。次回に出られない方々とも、いつかまた共演したい。生きている限り、共演の機会はやって来るはず。トロッタでなくてもいい。例えば計画中の、萩原朔太郎の“詩と音楽”演奏会でもいい。
2月23日(木)ヴィオラ奏者のHさんと会う相談。これまでヴィオラを弾いてくれていた仁科拓也さんが、次回の出演が無理となったので新たな方を迎える。昨日はファゴットのTさんと会った。いつまでも同じメンバーとはできない、それはまったく好まないのだが。変化を受け入れよう。
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