2010年2月10日水曜日
「トロッタ通信 11-30」
「トロッタ通信 11-29」
田中修一さんにとっての“歌と詩唱の違い”ですが、もちろん、私に答えはありません。ただ、一曲にあるものとしては、違いはない、というのがひとつの答えだと思います。それは、田中さんの『遺傳』を、初演させていただいた時でした。
人家は地面にへたばつて
おほきな蜘蛛のやうに眠つてゐる
このように歌い出します。「のをあある とをあある やわあ」という、犬の遠吠えまで旋律が与えられています。途中に、旋律のない個所があります。
お聴き! しずかにして
これはリズムだけで詠みます。次は歌。
道路の向うで吠えてゐる
あれは犬の遠吠えだよ。
のをあある とをあある やわあ
そして次の個所には旋律もリズムもありません。
「犬は病んでゐるの? お母あさん。」
「いいえ子供 犬は飢ゑてゐるのです。」
遠くの空の微光の方から
ふるへる物象のかげの方から
犬はかれらの敵を眺めた……
この曲には、歌と朗読があります。音楽と詩がある、と言い換えてもいいかもしれません。そして、歌と朗読、音楽と詩は、分たれず、ひとつになっています。田中さんの、“詩と音楽を歌い、奏でる”トロッタへの、トロッタでの、テーマに対するひとつの回答といっていい曲です。これもいずれ、再演させていただければと思っています。(29回/2.8分 2.10アップ)
「トロッタ通信 11-30」
目下、ある作曲家の方と、メールでやりとりをしています。トロッタ12へのご参加を前提にして、私のどんな詩がいいか、検討中なのです。すでに二篇ほど送らせていただき、さらに別の詩をお送りする予定です。これは当然のことで、初めての顔合わせですから、私の詩を使っていただく以上、そうした生のやりとりがあっていいわけです。詩人は、詩が書ければ楽しいわけですから。
トロッタの作曲家の皆さん、本当によく努めてくださっていると思います。詩と音楽の関係といえば、歌があり、朗読があり、というところが基本で、あとは独唱か合唱か、女声と男声の歌い分けか、さらにひとりで詠むか群読のように大勢で詠むかなど、歌い方や詠み方を工夫するくらいしかないのではないでしょうか。朗読は、所作を交えて芝居のようになるかもしれません。言葉が喚起するものが、音楽のような聴覚表現だけでなく、映像や、上野雄次さんの花いけのような、視覚表現になるかもしれません。他にもあるでしょうが、少なくとも現段階では、トロッタは詩と音楽の可能性を、できる限り指し示していると思います。
ただいま続けているという作曲家とのやりとりもまた、トロッタの歴史でしょう。すでに11回目を迎えようとしているトロッタの歴史を、彼と私で1から始めているのか、すでに10までの歴史がその方との間にはあって、その上でやりとりしているのか、その捉え方はさまざまです。田中修一さんのように、すでに典型に到達している方もいます。田中さんが、さらに思いもよらない形を出すか、新たな形を出すのは演奏家なのか、どちらの可能性もはらみつつ、田中さんには、これからも書き続けていってほしいと思います。
付け加えるなら、無駄な努力と他人には映ろうとも、スケールの大きな曲を志向していただきたいのです。(30回/2.9分 2.10アップ)
「11へ」;48
2010年2月8日月曜日
2010年2月6日土曜日
「トロッタ通信 11-28」
「トロッタ通信 11-27」(2月6日分)
田中修一さんが、『亂譜』の続篇をと希望をお述べになり、こうして『亂譜 瓦礫の王』を書き、さらに2010年の1月になって『ムーヴメントNo.2』の楽譜が届いてみますと、彼を見る目に、変化が生まれました。こういうと申し訳ないのですが、見直した気になりました。前がよくなくて、その後よくなった、というのではありません。善悪、優劣ではなく、彼に対する見方を改めた、ということです。ひとつの世界を追求していく行き方が、田中さんにあるのだなと思いました。
『亂譜』をシリーズにするとして、では何を書きたいか、私にわかっているわけではありません。さらに第三部をという声を、田中さんからいただいています。安部公房の『第四間氷期』にある、「ブルー・プリント」に通じる世界で、というのです。え? 安部公房。おまけに『第四間氷期』?
このまま『亂譜』が続いていけば、それをテーマにしたリサイタルが開けそうです。しかし、私にとっての『亂譜』が何かは、まだわからないというのが実情です。他の詩も同じで、書き始めてから、書き終えてから、何を書きたかったか、何を書けるのかがわかります。
ただ、二部にボルヘスのような世界をといい、三部に安部公房のような世界をと、田中さんはいいます。二人の作家を、私は好きです。田中さんと、小説家の好みが合っているということが、驚きでした。別に示し合わせたわけではありません。偶然です。
それは、乾いた世界なのでしょうか? 荒廃した世界なのでしょうか? 情緒に溺れない世界なのでしょうか? 抽象的、観念的な世界なのでしょうか? 少なくとも、男女間の情念を描くようなものではありません。私は、そちらも好きなのですが、溺れるタイプではないと思いますので、田中さんとはそのあたりで共通しているのかもしれません。(27回/2.6分 2.8アップ)
「トロッタ通信 11-28」(2月7日分)
演奏前に、あまり手の内をさらすのはよくないと思いますが。
ソプラノの赤羽佐東子さんによる歌は、曲の全体にわたっています。詩唱は、最後に少しだけ出ます。
こうなると、歌と詩唱の違いということが、私としては気になってきます。田中さんにとっての詩唱とは、何なのか?
トロッタで田中さんが発表した、声を使った曲を並べます。
トロッタ1 『立つ鳥は』ソプラノ*木部の詩による 西川直美さんが歌いました
トロッタ3 『ムーヴメント』ソプラノ*木部の詩による 成富智佳子さんが歌いました
トロッタ4 『こころ』ソプラノ*萩原朔太郎の詩による 成富智佳子さんが歌いました
トロッタ5 『遺傳』バリトン*萩原朔太郎の詩による 木部が歌いました
『立つ鳥は』ソプラノ*木部の詩による 赤羽佐東子さんが歌いました
トロッタ6 『「大公は死んだ」附 ルネサンス・リュートの為の「鳳舞」』詩唱*木部に詩による
『田中未知による歌曲』アルト*田中未知の短詠による かのうよしこさんが歌いました
トロッタ7 『こころ』ソプラノ*萩原朔太郎の詩による 笠原千恵美さんが歌いました
トロッタ8 『砂の町』ソプラノ*木部の詩による 赤羽佐東子さんが歌いました
トロッタ9 『ムーヴメント』ソプラノ*木部の詩による 赤羽佐東子さんが歌いました
トロッタ10『雨の午後/蜚』ソプラノとバリトン*木部の詩による 赤羽佐東子さんと木部が歌いました
『めぐりあい~陽だまり~』合唱*木部の詩による 宮﨑文香さんの曲を編曲
ここには器楽曲をあげていませんが、こう見て行きますと、田中さんもかなり、トロッタで歌を発表していることがわかります。このこと自体、田中さんの、ひとつの方向を追求しようという姿勢の表れでしょう。もちろん、トロッタに第一回から参加し続けること自体がそうです。今さら、田中さんへの認識を改めるというのも、おかしな話なのでした。誠に失礼しました。(28回/2.7分 2.8アップ)
2010年2月5日金曜日
「トロッタ通信 11-26」
「トロッタ通信 11-24」
トロッタ11で『ムーヴメントNo.2~木部与巴仁「亂譜 瓦礫の王」に依る』を発表する田中修一氏に、新しい詩を依頼されたのは、トロッタ9の打ち上げの席でした。“『亂譜』の2をお願いします”というのです。その時はまだ番号がついていませんでしたが、トロッタ9では、『亂譜』という詩に依る、『ムーヴメント』の第一番を演奏しました。編成は、ソプラノ、打楽器、ピアノ、エレクトーン。もともと一番は、トロッタ3で初演されたもので、ソプラと2台ピアノによる曲でした。それを、エレクトーンを入れた形に変えたのです。
『ムーヴメント』について、しばしば田中氏は、2台ピアノによるくらいの曲でなければ作曲したと見なさないと私がいったといいます。トロッタ1で初演しました、『立つ鳥は』の、合わせの後。西日暮里の居酒屋でのことです。
確かにそういいました。力わざ、あるいはスケール感を欲していたのです。2台ピアノにしたから力わざになり、スケール感が出るかというと、多くの方には疑問を抱かれると思います。しかし私は、そのようなことが好きです。逆に、田中氏から、詩で、2台ピアノに匹敵するようなものを書いてくれといわれたら、引き受けるでしょう。私の感覚では、詩を一人で詠んでもスケール感を出さなければいけない、二人で詠むからスケールが生まれるかというとわかりませんが、あえて重唱にしてみる、斉唱にしたり合唱にするという詩作を厭いません。仮にです、ばかばかしいことをわざわざしていると思われても、私はかまわないのです。時には、ばかばかしいことでも、したくなるし、ばかばかしい中に一片の真実でも入れられればと願います。そして、2台ピアノによる『ムーヴメント』をばかばかしいことだとは、私は思っていません。
トロッタ9の『ムーヴメント』は、おおむね好評だったと思います。女性たちだけによる力強い演奏に、感銘を受けたという声を、多く聴きました。ありがたいことだと思いました。(24回/2.3分 2.6アップ)
「トロッタ通信 11-25」
『亂譜』の続篇として、何を書けばいいのか。田中修一さんからは、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『ブロディーの報告書』のような世界をお願いしますといわれていました。私もボルヘスが好きです。『ブロディーの報告書』も読んでいたはずですが、記憶はありません。本は、すでに売ってしまっていました。改めて購入し、読みましたが、スコットランド人宣教師が異文化の風習を記録したスタイルの、ちょっとグロテスクな話です。観念の迷宮性を描いたのではなく、もっとストレートです。ボルヘスの狙いは、そこにこそ、あったと思われます。
一方で、トロッタ9を終えた後、私はある方から感想をいただきました。おそらく、それがトロッタ9全体への感想だと思うのですが、能の『姨捨(おばすて)』を観に行ったという話をされました。山に捨てられた盲目の老婆が、澄明な心で、月の光を浴びながら踊ります。
暴力とかエロスとか、そういう刺激的なものは、誰もが気をひかれて見るだろう。しかし、そんな表面的なものではない、非常に静かな世界。そういうものにある美しさを表現していかなければという批評だと、私は聞いていました。賛成です。暴力やエロスにも人間の本質はあると思います。暴力は嫌いですが、特にエロスにはひかれます。しかし、そのようなことを描くにしても、あくまでもテーマに至るための過程でありたいと思います。そして、最後には澄み切った美しさに到達する。2台ピアノの力強さやスケール感も、美しさに至るためのものでありたいと、今は思います。
お断りしておきますと、その方の感想は、『ムーヴメント』に対するものではありません。別の曲の、別の出演者への言葉です。しかし、繰り返しますが、トロッタ全体への感想だと、私は受け取りました。
田中修一さんのための新しい詩、『亂譜』の続篇は、その方の言葉を受けて書けると確信しました。頭に浮かんだタイトルは、『瓦礫の王』でした。(25回/2.4分 2.6アップ)
「トロッタ通信 11-26」
『瓦礫の王』とは、私が学生時代から大切にしまっておいた題名です。歌舞伎作者、鶴屋南北について、題名どおりのテーマで書こうと思っていました。彼は、すべての常識、既成の価値を崩してしまった後、瓦礫の山に、見たこともない光景を現出させる者だというわけです。
容易には書けません。大き過ぎる題名でもありました。ずっと書けずにいて、書けないうちに、原稿を書いたり芝居をしたりヴィデオ作品を創ったりと、いろいろなことを始めていました。しかし好きな題名で、自画自賛ではありませんが、スケール感が感じられるので、いずれ使いたいと思っていたところに、田中修一さんの話があり、『姨捨』の話を聞いて、これを作品名にした詩を書こう、書けると確信したのでした。『ブロディーの報告書』からはずれますが、しかし小説には、スコットランド人宣教師が見た、異文化の奇怪な王の姿が描かれてもいるので、“瓦礫の王”という題名と無縁でないとも思ったのです。
以下に、詩の全文を掲げます。
瓦礫の王
瓦礫なり
天まで続く 瓦礫なり
眼(まなこ)を奪う
満月
人はなく
銀(しろがね)の光
瓦礫を照らす
舞えよ
月下に われひとり
歌えや
月下に 声をふるわせて
見る者はなし
聴く者はなし
夜は深し
どこまでも深し
落ちゆく先は 底なしの闇
風の音のみ聞いたという
死者の繰り言
舞い続け
舞い続けて月に向く
立ち木として死ね
心に残す
何ものもなし
明日(あした)に残す
一言もなし
瓦礫の王が
ただひとり舞う
(26回/2.5分 2.6アップ)
「11へ」;45
2010年2月3日水曜日
「11へ」;43
2010年2月2日火曜日
「トロッタ通信 11-23」
「トロッタ通信 11-20」
『うつろい』は、とてもわかりやすい詩です。
物語を書くのか、心の風景を書くのか。私の詩はふたつに大別され、物語の方に比重があると思います。『うつろい』は、幻想的な詩なので、物語と心象風景と、いずれの要素もあるのではないでしょうか。詩の先生なら、違うことをいうと思いますが。
トロッタは、“詩と音楽を歌い、奏でる”会です。詩と音楽の関係については、様々な考えがあると思います。考えの中身はさておき、『うつろい』をめぐる詩と音楽の関係について、見てみましょう。
詩は、「古ぼけた柱時計が 満開の桜の枝に掛かっていたらおもしろい/カウンターの向こうから 浜辺の歓声が聞こえてきたらおもしろい」という言葉で始まります。喫茶店の椅子に座る人物が、このようになったらおもしろいという、四季折々の幻想を風景として見ています。
しかし音楽としての『うつろい』は、回想から始まります。詩のいちばん最後の連、「今はない 街角の喫茶店/いつの間にか 消えていた/ぼくは今も この町にいる/でも あの人は いない/うつろう季節に連れられて/どこかへ行ってしまった」を曲の始めに持ってきて、詩唱者に詠ませました。その後に、詩の始まりである四季の幻想を、やはり詩唱者に詠ませました。譜面には、こんな指示があります。
「鮮やかに思い出がよみがえるように」「軽やかに、しかしさびしげに」「少し、かげりをもって」「思い出をいつくしむように」。そして[春]の歌が始まると「思い出の場面に、歌が重なるように。自分の深く、なつかしく、さびしい思い出に語りかけるように」
『うつろい』は過去に寄り添おうとする詩ですが、橘川さんの手によって、懐古性が強まりました。私は、言葉を持って、最後に懐古の気持ちを強調しました。橘川さんは、言葉を前に移動させ、同じ言葉「今はない 街角の喫茶店/いつの間にか 消えていた」以下を、最後は歌手に歌わせることで、より強調してみせたのです。(20回/1.30分 2.2アップ)
「トロッタ通信 11-21」
以下は、橘川さんに取材などせずに書くことです。橘川さんには、まったく別の考えがあるはずです。
橘川さんとした初めての共同作業は、『時の岬・雨のぬくもり』でした。私の詩「夜」が『時の岬』となり、橘川さんの詩「幻灯機」が『雨のぬくもり』となり、初めての「詩歌曲」が生まれたのです。「詩歌曲」という言葉自体に、トロッタのテーマである“詩と音楽”が入っています。また橘川さんは、曲だけでなく、詩も書きました。2009年3月22日(日)に行われた第3回個展「花の嵐」のプログラムに、詩「幻灯機」の意味が書かれています。
「先の『夜』の詩中、『どこへ向かおうとしているのか』を受けて創られた。言うなら木部さんへの私なりの返歌である。『夜』が厳しく心が凍えるような世界であるのに対し、『幻灯機』はその世界を歩く人の心を描きたいと思ったのだ」
橘川さんは、「詩歌曲」という音楽のスタイルを掲げ、さらに詩を書き、もちろん音楽も書くことで、トロッタの世界をまるごと引き受け、体現してみせようとしたのではないでしょうか。『時の岬・雨のぬくもり』以降、彼の詩は表現されていません。詩作は、すべて私にまかせ、自分は作曲に専念しようとしていると思われます。
いや、実のところ、トロッタ9で『1997年 秋からの呼び声』が初演される予定で、これはすべて橘川さんの詩による曲だったのですが、残念ながら事情があり、演奏はされないまま別の曲に差し替えられました。
もしかすると、私は意識して、橘川さんへの“返歌”を書くべきかもしれません。前だけを見ず、時には橘川さんという存在を顧みて、彼の音楽を心で思い返しながら、彼のための詩をと思って、新作を書いていいかもしれません。それが、いずれ開かれるだろう、第四回個展で初演されればと思います。(21回/1.31分 2.2アップ)
「トロッタ通信 11-22」
感情のほとばしりを感じます。ほとばしりが、音楽になるのだなと思います。
「今はない 街角の喫茶店/いつの間にか 消えていた」以下、曲の始めでは、詩唱で表現されました。その同じ言葉が、感情のほとばしりを得て、「今はない 街角の喫茶店/いつの間にか 消えていた」以下の歌になりました。
言葉に感情が伴うと、メロディが生まれ、リズムが生まれるという推測。その通りのことを、橘川さんの曲は実践しています。だからこそ、彼の音楽は、トロッタのあり方そのもの、典型だと思いました。他の方の曲がそうではないということではありません。他の方は他の方なりに、トロッタの可能性を実践しています。ただ、橘川さんは、初めに詩を書いて来ました。それが興味深いことと、私は記憶するわけです。“返歌”だといった点に、橘川さんの生真面目さ、創作意欲を感じます。
それならば、音楽になった詩を、もう一度、私の手で詩に戻すことも、興味深いと思われます。彼と共同作業をしていれば、詩が生まれて音楽になって、また詩が生まれて音楽になるという繰り返しです。結果的に、音楽の次に詩を書いているのですが、そのことの意味を意識し、方法として行ってはどうかと思うのです。
まだ、抽象的な話です。音楽を詩に戻すといっても、すぐにはできません。どうすればいいかもわかりません。それを、考えるわけです。『時の岬・雨のぬくもり』の先にある世界を、今度は音楽への返歌として書いてもいいでしょう。『うつろい』のその後を、続篇として書いてもいいでしょう。先に音楽があって、それに詩をつけることも、本来はあまり好きな方法ではないのですが、納得のゆく形にして行ってもいいかのでしょう。他にも、いろいろな形が考えられるはずです。彼は、模索しています。共同作業者の一方にだけ模索させて、私という他方は、あいもかわらず詩を書くだけでは怠慢というものです。トロッタにおける詩人は、従来の方法論に安住してはいません。(22回/2.1分 2.2アップ)
「トロッタ通信 11-23」
先に、中川博正さんと、詩唱を追究していきたいと書きました。その形が少しでも見えれば、橘川さんに取り入れてもらい、新曲の演奏形態としていいでしょう。例えば、こんな楽器があるから、それを生かして作曲しませんかと働きかけるのです。
折しも、今日、中川さんと、トロッタ11で試演する詩が決まりました。私の、『夜が来て去ってゆく』です。デュオらしく、ひとりではできない形を試みますが、例えばそれを、橘川さんの新曲に取り入れてもらうということです。
このようなことは、橘川さんにとどまりません。他の作曲家との作業も同様です。
詩も音楽も、完成形にしがみつかないこと。もちろん、詩作も作曲も、完成させるために行うのですが、できたからといって安心しません。一回の演奏で満足したくないのです。何度でも演奏を重ね、そのたびに模索をしたいと思います。よりよい変化なら、私は積極的に受け入れます。編曲だとも思いません。一回一回、創作であるべきです。
『うつろい』にせよ、演奏するたびに、演奏者の変化がありました。一度はオーボエを入れたヴァージョンをつくりました。トロッタ11では、オーボエはなく、上野雄次さんによる花いけが入り、『うつろい 花の姿』というタイトルになります。生きた人がしている音楽なのですから、ひとつの形にこだわる必要はありません。
だからこそ、私は橘川さんとの共同作業に、新しいスタイルを持ちこみたいのです。『うつろい』は、以前と同じ譜面を使って演奏するのですが、少しでも前と違う新しさを、『うつろい 花の姿』として、お聴かせできないものでしょうか。(23回/2.2分 2.3アップ)
「11へ」;42
「MUSIC SEED~インディーズクラシックの音楽家たち~」
…先日収録したトーク、CDから二曲が放送されます
・ 2月21日(日)
「奇聞屋さんの午後の素敵なコンサートvol.5」
@奇聞屋(西荻窪)
料金:3,000円(1ドリンク付き)
出演:松宮和葉(カンツォーネ)、生水敬一朗(バンドネオン)他
・・・ソロの他、久々にピアソラ等を演奏致します。
2010年1月31日日曜日
「11へ」;40
「トロッタ通信 11-19」
『うつろい』は、トロッタ11で、4度目の演奏になります。2008年1月26日(土)、トロッタ5で初演。同じ年の7月28日(金)、名フィル・サロンコンサート「詩と音楽」で再演。2009年3月22日(日)、橘川氏の個展「花の嵐」で三演しました。幸せな曲だと思います。それだけの魅力がある曲です。この演奏回数に匹敵する橘川さんの曲といえば、『花の記憶』でしょう。
たった今、新しい詩を書いています。詩は、誰が書いても短いもので、文字数はたいしたことがありませんから、すぐ書けそうだと錯覚します。しかし、なかなか書けません。説明のための文章ではありませんから、書けばいいというものになりません。
目の前にある、形を取りつつある詩は、いつ、どこで詠む、曲になるというあてのない作品です。書きたいから書いています。詩で商売をしようなどという人は、おそらくありません。商売になるわけがなく、仮に原稿料をもらったとしても、それは一時的なもので、持続性はなく、従って生活を支えるものとはなりません。なればいいと思いますが、ならない方がいいともいえます。
詩の書き方も、おそらく、決まったものはないでしょう。その人だけのものです。詩の教室も、あると思います。そこに通えば、不特定多数の方に、ある程度の説得力を持つ詩が書けるのでしょう。しかし、生まれたものは、詩人にとって絶対の詩ではありません。講師料を受け取る、先生の生活を支えるために書かれたようなものです。
そういえば、私も詩の講座に、一度だけ顔を出したことがあります。どんなことが語られているのだろうと思いまして。また、知り合いが講師をしていた関係もありました。自分の詩を朗読するというので、『夜が吊るした命』という、後に酒井健吉さんが作曲してくれた詩を持参しました。先生が、何かいってくださいました。詩を書く視点、といったようなことだったと思います。詩は、ビルの屋上で、電線にからんで身動きが取れず、冷たい冬空の下で死んでゆく烏を描いています。詩が、私の視点なのか、烏の視点なのか、といったような講評でした。先生の言葉が、正しいのかもしれません。その時の私の関心は、どのように朗読するかに大部分がありました。先生と、関心のありかがずれていたと思います。先生のお言葉を受けて、詩を直そうとは思いませんでした。強情になったわけではなく、これでいいと思ったからです。いや、一種の強情だったのでしょう。
そのことより、講座の主催者が、その後、間もなくして亡くなってしまったことの方が、私の記憶に刻まれています。私よりだいぶ若い方でしたのに。初期の「詩の通信」は送らせていただいていました。まだ「トロッタの会」は始めておらず、彼にも、トロッタに足を運んでいただきたかったと思います。(19回/1.29分 1.31アップ)
「トロッタ通信 11-18」
橘川琢さんと『うつろい』
先に紹介しました、『冬の鳥』評が載った「音楽の世界」誌で、改めて橘川琢さんの曲解説を読みました。私との共同作業が、17作目だと書いています。もう、そんな数になるのでしょうか。驚きましたが、トロッタ11で演奏されます『うつろい』は、その中でも初期の作品にあたります。2008年1月26日(土)の、トロッタ5で初演されました。橘川さんが、チラシの解説に書いています。
「『旧い歌曲や唱歌、どこかさびしげでなつかしい歌謡曲…ちょっと時代がかった、はかなげな歌を作りませんか?』…などと木部与巴仁さんとお話していたら、少しして「うつろい」という素敵な詩が届いた」
当時、橘川さんのリクエストには、唱歌のようなという表現もあったと思います。高校生のころから、喫茶店が好きな私です。喫茶店にはさまざまな思いがあります。喫茶店には何があってもおかしくありません。喫茶店幻想、といったような詩を書いてみようと思いました。いや、書いているうちに、そうなったのか。
詩の全文を掲げましょう。
うつろい
古ぼけた柱時計が
満開の桜の枝に掛かっていたらおもしろい
カウンターの向こうから
浜辺の歓声が聞こえてきたらおもしろい
落ち葉が舞って
コーヒーカップに浮かんだらおもしろい
椅子に腰かけたまま
しんしんと降る雪の気配を感じたらおもしろい
静かに器を洗う音を
今でも憶えている
その喫茶店では
いつも ひとりの女性が
うつむいたまま仕事をしていた
控えめな笑みを 浮かべて
ほんのり紅く 頬を染めて
[春]
憶えているよ
春になると 桜が咲いたね
花びらが吹雪になって
店いっぱいに舞っていた
季節がうつろう
不思議な喫茶店
今はもう消えてしまった
[夏]
憶えているよ
夏になると 海が見えたね
窓の外には水平線
遙かに遠く かすんでいた
天井をつらぬく
八月の太陽
ぼくの心をじりじり焼いた
[秋]
憶えているよ
秋になると 木立が燃えたね
散り敷く落葉は炎の形
ランプの灯に照らされて
喫茶店は錦に染まる
歌が聞こえた
誰の姿も見えないのに
[冬]
憶えているよ
冬になると 雪が降ったね
白くなってゆく店に
マフラーをまいたまま
じっと座っていた
ぼくはここにいる
時間だけが過ぎてゆく
今はない 街角の喫茶店
いつの間にか 消えていた
ぼくは今も この町にいる
でも あの人は いない
うつろう季節に連れられて
どこかへ行ってしまった
(18回/1.28分 1.31アップ)
2010年1月30日土曜日
2010年1月29日金曜日
「トロッタ通信 11-17」
正直いって、私の詩唱に、他人に伝えるべき方法論はありません。詩唱の講座を開いたとして、この基準に達したから合格点といったことがいえないのです。五里霧中です。どうなったからいいということをいえません。朗読のための朗読になっているから、どうすれば音楽的な朗読になるのかなど、『冬の鳥』の演奏について、評者が批判する点を、どうすれば改善できるか、はっきりしたことがいえないのです。
音楽には楽器ごとに先生がいて教室があります。芝居には養成所があり、朗読にも、朗読教室なるものがあります。世の中、教室のないものなど、ないのではないでしょうか? ロックやジャズにも教室があり、先生がいます。聴く人を納得させられる方法論が、そこでは伝授されているのでしょう。古い時代には、教室など皆無だったはずですが、音楽は成立していました。教室のようなものに向かない人、教室をはみ出すような人にこそ、もしかすると、やむにやまれず生まれる音楽があるのではないかと思いますが、個人的には、先生と生徒の関係を否定してはいません。
詩唱にせよ、無手勝流でいいとは思わないのです。でたらめにしているつもりはなく、その底流には、私の経験から芝居と歌がある、芝居と歌を生かしたいと思っているので、だから、声楽のレッスンを受けています。歌えるようになって、私の詩唱はあると思います。さらに、最近のことですが、ギターのレッスンも受けるようになりました。楽器、特にギターは詩唱にうってつけだと思いますし、それを奏でながら詩唱できるようになれば、表現の幅が広がると思います。
これは先生方には申し訳ありませんが、自己流でできるとしても、先生と話しながらレッスンをしていく過程で、いろいろなことを考えられます。理屈だけで音楽とは? 詩唱とは? トロッタのあり方とは? そんなことを考えていても仕方ないので、実際に音を出し、コミュニケーションしながら表現を模索してゆくおもしろさがあります。もちろん、ほとんどの時間は五里霧中です。中川博正さんと、詩唱を追究しようと思いました。少しでも具体性を持ちたくて、一緒に探っていこうと思いました。中川さんを見ながら、わかることがあると思うのです。(17回/1.27分 1.29アップ)
2010年1月28日木曜日
2010年1月27日水曜日
トロッタ通信 11-16
1月27日(火)、東京音楽大学民族音楽研究所にて、甲田潤さん立ち会いのもと、根岸一郎さん、仁科拓也さん、並木桂子さんが参加して、『摩周湖』の二度目の合わせが行われました。私はずっと聴いていました。
思いましたことです。どんな楽器の伴奏もなく、また自らの言葉に旋律もリズムもなく、ただ語るだけであれば、人は言葉の意味を考えながら読みます。大人ならそうするでしょう。子どもは、自分の経験からして、あまりできないと思います。いずれにせよ、しかし伴奏が伴い、言葉に旋律やリズムが与えられると、人はとたんに意味を見失い、意味を乗せられなくなるのだなということです。乗せられますが、音楽として乗せるのが、非常に難しくなると思いました。根岸さんは、健闘しておられました。当然、私などよりも乗せておられます。折しも、昼間は、三木稔さんのオペラの稽古があったそうで、日本語を歌うことの難しさを実感したところだったそうです。
並木桂子さんが、日本音楽舞踊会議の機関誌「音楽の世界」2010年1月号を持ってきておいででした。そこに、去る12月に行いました、同会議の演奏会「初冬のオルフェウス」の演奏会評が載っていました。私も出ました、橘川琢さんの『冬の鳥』について、詳細な批評がありました。そもそも、今号は、「初冬のオルフェウス」の批評特集なのです。4人の評者が、演奏された8曲すべてについて、語っています。私関係について、抜き書きしましょう。
「男声の語りは多少耳障りな叫びや、言い回しが少し気になる」
「木部の朗読は、思い入れが大きく朗読のための朗読になっていて、声色・リズム・テンポ・調子等を工夫して、コンサートの朗読であるのだからもう少し音楽的な朗読を試みたらどうか」
「時折、詩の朗読が音楽的調和を乱しているように感じられる個所があった」
「詩と朗読はいささか鑑賞に傾きつつも、人間の宿命に対する締念と歓喜の入り混じったような、割り切れない世界を描こうとしていた」……
もちろん、私に関するだけの批評ではありません。しかし、この批評は、私ができたこと、できなかったこと、しようとしていること、などについて触れていると思いました。(16回/1.26分 1.27アップ)