2010年1月31日日曜日

「トロッタ通信 11-18」

橘川琢さんと『うつろい』


先に紹介しました、『冬の鳥』評が載った「音楽の世界」誌で、改めて橘川琢さんの曲解説を読みました。私との共同作業が、17作目だと書いています。もう、そんな数になるのでしょうか。驚きましたが、トロッタ11で演奏されます『うつろい』は、その中でも初期の作品にあたります。2008年1月26日(土)の、トロッタ5で初演されました。橘川さんが、チラシの解説に書いています。

『旧い歌曲や唱歌、どこかさびしげでなつかしい歌謡曲…ちょっと時代がかった、はかなげな歌を作りませんか?』…などと木部与巴仁さんとお話していたら、少しして「うつろい」という素敵な詩が届いた

当時、橘川さんのリクエストには、唱歌のようなという表現もあったと思います。高校生のころから、喫茶店が好きな私です。喫茶店にはさまざまな思いがあります。喫茶店には何があってもおかしくありません。喫茶店幻想、といったような詩を書いてみようと思いました。いや、書いているうちに、そうなったのか。

詩の全文を掲げましょう。


うつろい


古ぼけた柱時計が

満開の桜の枝に掛かっていたらおもしろい

カウンターの向こうから

浜辺の歓声が聞こえてきたらおもしろい

落ち葉が舞って

コーヒーカップに浮かんだらおもしろい

椅子に腰かけたまま

しんしんと降る雪の気配を感じたらおもしろい


静かに器を洗う音を

今でも憶えている

その喫茶店では

いつも ひとりの女性が

うつむいたまま仕事をしていた

控えめな笑みを 浮かべて

ほんのり紅く 頬を染めて


[春]


憶えているよ

春になると 桜が咲いたね

花びらが吹雪になって

店いっぱいに舞っていた

季節がうつろう

不思議な喫茶店

今はもう消えてしまった


[夏]


憶えているよ

夏になると 海が見えたね

窓の外には水平線

遙かに遠く かすんでいた

天井をつらぬく

八月の太陽

ぼくの心をじりじり焼いた


[秋]


憶えているよ

秋になると 木立が燃えたね

散り敷く落葉は炎の形

ランプの灯に照らされて

喫茶店は錦に染まる

歌が聞こえた

誰の姿も見えないのに


[冬]


憶えているよ

冬になると 雪が降ったね

白くなってゆく店に

マフラーをまいたまま

じっと座っていた

ぼくはここにいる

時間だけが過ぎてゆく


今はない 街角の喫茶店

いつの間にか 消えていた

ぼくは今も この町にいる

でも あの人は いない

うつろう季節に連れられて

どこかへ行ってしまった

(18回/1.28分 1.31アップ)

0 件のコメント:

コメントを投稿