橘川琢さんと『うつろい』
先に紹介しました、『冬の鳥』評が載った「音楽の世界」誌で、改めて橘川琢さんの曲解説を読みました。私との共同作業が、17作目だと書いています。もう、そんな数になるのでしょうか。驚きましたが、トロッタ11で演奏されます『うつろい』は、その中でも初期の作品にあたります。2008年1月26日(土)の、トロッタ5で初演されました。橘川さんが、チラシの解説に書いています。
「『旧い歌曲や唱歌、どこかさびしげでなつかしい歌謡曲…ちょっと時代がかった、はかなげな歌を作りませんか?』…などと木部与巴仁さんとお話していたら、少しして「うつろい」という素敵な詩が届いた」
当時、橘川さんのリクエストには、唱歌のようなという表現もあったと思います。高校生のころから、喫茶店が好きな私です。喫茶店にはさまざまな思いがあります。喫茶店には何があってもおかしくありません。喫茶店幻想、といったような詩を書いてみようと思いました。いや、書いているうちに、そうなったのか。
詩の全文を掲げましょう。
うつろい
古ぼけた柱時計が
満開の桜の枝に掛かっていたらおもしろい
カウンターの向こうから
浜辺の歓声が聞こえてきたらおもしろい
落ち葉が舞って
コーヒーカップに浮かんだらおもしろい
椅子に腰かけたまま
しんしんと降る雪の気配を感じたらおもしろい
静かに器を洗う音を
今でも憶えている
その喫茶店では
いつも ひとりの女性が
うつむいたまま仕事をしていた
控えめな笑みを 浮かべて
ほんのり紅く 頬を染めて
[春]
憶えているよ
春になると 桜が咲いたね
花びらが吹雪になって
店いっぱいに舞っていた
季節がうつろう
不思議な喫茶店
今はもう消えてしまった
[夏]
憶えているよ
夏になると 海が見えたね
窓の外には水平線
遙かに遠く かすんでいた
天井をつらぬく
八月の太陽
ぼくの心をじりじり焼いた
[秋]
憶えているよ
秋になると 木立が燃えたね
散り敷く落葉は炎の形
ランプの灯に照らされて
喫茶店は錦に染まる
歌が聞こえた
誰の姿も見えないのに
[冬]
憶えているよ
冬になると 雪が降ったね
白くなってゆく店に
マフラーをまいたまま
じっと座っていた
ぼくはここにいる
時間だけが過ぎてゆく
今はない 街角の喫茶店
いつの間にか 消えていた
ぼくは今も この町にいる
でも あの人は いない
うつろう季節に連れられて
どこかへ行ってしまった
(18回/1.28分 1.31アップ)
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