2010年1月18日月曜日

「11へ」;24

何とか、「詩の通信IV」第12号を印刷し、宛名書きをしました。
下の花は、12号に載せた花です。

その前に、昨夜から書き始めた詩を、完成させました。いきなりだったのですが、何とか書きました。



ただいま、遅れていました「トロッタ通信 11」を、第6回、1月17日分までアップしました。実際の日付に追いつかせるための更新作業を続けます。



夜の花


木部与巴仁



「あなた お仕事は?」

思わず答えていた

「夜です」


「あなた ご家族は?」

答えたくなかったが答えた

「夜です」


「あなた おすまいは?」

答えはひとつしかなかった

「夜です」


恋人は夜だし

着るものは夜だし

食べるものは夜だし

趣味だって夜


裏庭に

夜の花が咲いた

夜の鳥が

種を運んでくれたのだろう

一緒に眺めて遊ばないか

友だちに声をかけた

彼は翻訳家だ

夜の本を出したばかりである

恋人が夜の料理を作ってくれるという

友だちは夜の酒を買ってきた

夜の花を眺め

三人で時間を忘れて過ごした


夜の花は

ぽっかり咲く

いつまで見ていても飽きない

花の芯を覗きこむと

吸いこまれそうになった

美しいとかきれいとか

言葉は役に立たない

「言葉にできないものを表わす言葉ってあるんだよ」

友人はいった

翻訳していて見つけたそうだ

必死になって思い出そうとしたが

できなかった

わかったらすぐ教えるから

手を振りながら

気持ちよさそうに帰っていった


恋人が

台所で洗いものをしている

花を見ていたいでしょう

見ていていいよ

さっさと食器を流しに運び

勢いよく水音をさせながら洗い始めた

私は彼女の後ろ姿が好きだ

スカートから伸びた足も

束ねた長い黒髪も

きれいだった

言葉にできないものを表わす言葉

それがわかっていれば

彼女のためにも使いたいと思う


電話が鳴った

出てみたが声がしない

ああ また夜の電話だと思う

最近よくかかってくる

耳をあてるが人の声も物の音もせず

夜の気配だけがした

(誰?)

気になるのだろう

手をふきながら現われた恋人が

目で問いかけている

(夜だよ ほら例の夜の電話だよ)

この世界は夜とつながっている

どこまでも深くどこまでも広くて大きい

夜そのものだと思う


恋人は縁側に腰をおろし

お茶を飲みながら夜の花に見入っていた

真っ暗なのに

花は浮かんで見えた

電話を切って彼女に並んだ

手を添えるとひやりとして冷たい

細く柔らかな手

私たちは幸せなのだろうか

これを幸せというなら

夜はあまりにも永いと思う

終わることなく

いつまでも続いている

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