2011年4月25日月曜日

トロッタ13通信(8)

(其の十五)
 トロッタは第四回を、西荻窪のスタジオベルカントで開催した。この時の作曲家は、橘川琢、酒井健吉、田中修一の三人である。全九曲のうち、三人すべてに、声による曲があった。橘川は『冷たいくちづけ』、酒井は『みみず』『兎が月にいたこと』『夜が吊るした命』、田中は『こころ』である。
 第四回は、それまでにない楽器が入った。酒井の『夜が吊るした命』の編成が、ヴァイオリンが二人、オーボエとフルート、チェロ、ピアノ、それに朗読だったので、新しい楽器演奏者のための曲を創ろうということになった。それで生まれたのが、橘川の『冷たいくちづけ』である。オーボエとピアノ、朗読による。詩を書いて詠んだ者がいうと自画自賛だが、この曲はよくできたと思う。詩も悩まずに書けた。今なら使わない言葉がある。
「世界が終わろうとする日に/くちづけをしたい」
「世界が終わろうとする日/心には何も 残っていなかった」
「四本の脚が 世界を支える」
「雨が 降り続いている/世界の終わりに向けて」
「世界が終わろうとする日に/身を覆う 底なしの冷たさ」
 これら「世界」という言葉。一篇の詩に、五回も使っている。臆面もなく、といいたい。今なら、「世界」というだけで、態度が大きくなり過ぎると思うだろう。大きな広げた反面、こぼれ落ちるものがありそうだと思い、おそらく「世界」は使わない。しかし、この時は使わなければならないと思ったし、使わなければ詩が書けないと思った。今は書かないとしても、今、『冷たいくちづけ』を書くわけではない。あの時とは何もかも違うわけである。書いた時の自分を大切にしたいと思う(過去を反省して、今ならこんなことをしないというなら、過去の自分は全否定されなければならなくなってしまう)。言い方を変えよう。今は「世界」と書かない。しかし、「世界」に向き合うのをやめたのではない。別の言葉で「世界」を表わす。だが詩唱者として『冷たいくちづけ』を、今、演奏する時は別だ。堂々と、「世界」と詠むであろう。

(其の十六)
 田中修一の『こころ』は、かつてシャンソン歌手のために書いたが、事情があって初演されず、トロッタが初演となった。田中は萩原朔太郎の詩を選んだ。どういう理由かは知らない。シャンソン歌手とのやりとりがあったかも知れない。それとは関係なく、田中の意思で朔太郎が選ばれたのかも知れない。次の第五回で、田中は朔太郎の詩による『遺傳』を発表することになる。田中は、朔太郎の詩を愛している。もちろんすべてではないだろうが、歌になると思い、自分の心境を重ねられると思っている。朔太郎が見ていたものを、田中修一も見ているのであろう。それは何か? 「さびしさ」だろうか。消え行くような寂しさではない。田中は音感と色彩感を読み取る。「こころ」を「あぢさゐの花」にたとえ、そこに「うすむらさきの/思ひ出」を見、さらに「音なき音のあゆむひびき」を聴き、「わがこころはいつもかくさびしきなり」という最後の一行まで、音楽を展開してゆく。音楽で、詩を演出しているといえようか。詩を使い、音楽という絵筆で、画布に絵を描くようでもある。
“恋”を詠んでいると解釈できる詩だが、先の『冷たいくちづけ』で、「世界が」と書く私のような態度は、朔太郎にはない。私なら、「愛が」とか「恋は」というだろうか。詩は、言葉は、意味の制限を受ける。あいまいではいけないわけだが、「世界」といえば世界以外の何ものでもないので、それを嫌う場合がある、ということだろう。「愛」も「恋」も同様。詩的であるために(詩に詩的というのは変だが)。「世界」でしかない場合、それは詩ではなく、散文になってしまう、か。

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