2011年5月3日火曜日

トロッタ13通信(18/5月3日分)

(其の二十五)
 清道洋一の『《ヒトの謝肉祭》第一番のために』については、初演がまだということ以上に、練習の過程で作り上げていきたい、手元の楽譜をもとに再構成していきたいという作曲者の希望があるので、ここで論じることは避けよう。詩唱者の私を含め、スコアを受け取った演奏家はまだ誰も、これがどういう曲になるか、わかっていないと思う。予測できないまま練習にのぞむことになる。これも清道なりの、作曲方法だろう。作曲家の手元で、すべて作り上げないということ。どんな曲も最後は演奏家にゆだねられるから、作曲家がすべてではないが、そのことの議論は措こう(何であれ最後は舞台成果がすべてなので、机上の論に時間を使うのは無駄だ)。
次回のトロッタには“ヒトの謝肉祭”というテーマで出品したいので、詩を書いてほしい。そのような依頼を受けて、私は冬の上野動物園に通った。さまざまな動物がいる。動物園は哀しい。檻に入れられているのが人なら、いや自分ならどうする? 赤ん坊の時から死ぬまで、若く溌剌とした姿から老いさらばえてしまった姿まで、他者の目に裸をさらすのである。みんな、よく我慢していると思う。反乱を起こして当然だろう。どうにもならないと諦め、運命と共存する道を歩むことに決めたのか。いや、やはり反乱を起こすべく、準備していると考えた方が救われる。私は何枚も写真を撮り、メモを取り、帰宅して詩を書き、それを数日繰り返して、以下の五篇を書いた。

■革命家
最も小さい種類のヒトで、熱帯から亜熱帯の森林に生息します。
冬眠はしませんが、メスは出産時に巣穴にこもります。
雑食性で木の芽や葉、果実などを食べ、前あしのかぎ爪で他人の巣をこわす癖があります。

■旅人
日本固有種で、1921年に天然記念物指定。雑食性で、木の実や果物類、昆虫類やトカゲなどを食べます。
現在の旅人は、約700人しかいません。(社)日本動物園水族館協会では、旅人を国内血統登録種に選定しました。将来的に日本の動物園全体で旅人100人の飼育を目指していきます。

■大家
大家と家主は夜の動物と思われていますが、超音波で物を認識する家主と違い、大家は目でものを見るため、夜中は意外と動きません。多くは森林に住んでいますが、沖縄県那覇市国際通りのような街中でも見られます。
大家は日中、日当たりのよい枝にぶら下がり、翼を広げて日光浴をします。
主に果物を食べます。

■ストリッパー
ストリッパーは北アルプスの高山帯にのみ生息しています。昔は中央アルプスにも生息していましたが、現在は絶滅していません。
日本のストリッパーは特別天然記念物で、環境省の「レッドデータブック」では絶滅の危機が増大している「絶滅危惧種II類」に指定されています。

■電話交換手
昼行性で、他のヒトに比べ多くの時間を地上ですごします。果実、葉、花、樹皮、樹液、無脊椎動物などを食べます。
においづけによって縄張りを主張する臭腺から出る分泌液を尾につけ、それを振って強さを競います。

 なぜ、このような説明書きみたいな書き方がされているかというと、それが作曲家の注文だったから。

(其の二十六)
“ヒトの謝肉祭”とは、サン=サーンスの『動物の謝肉祭』をもじったテーマであり題名だろう。動物が謝肉祭を祝う、ヒトが謝肉祭を祝う。宗教的な意味は、私は考えていない。謝肉祭に集う人ということに主眼を置いた。つまり、さまざまな人、人の種類を描こうとした。五篇なのは、これも作曲者の希望による。謝肉祭としてまとめあげるのは、清道洋一であろう。
 そのような清道洋一と、私が詩人として、一緒に曲を創ろうとした場合、何をすべきか。作曲者ひとりでは曲が完成しないのだから、私も働きかけるべきではないだろうか。「ヒトの謝肉祭」という詩を書いて預けるだけではいけない。関係を進行させ続ける対話が必要だというのが私の解釈だ。  返事が返って来ないとしても、それは気にとめないことだ。Aは自由に働きかける。Bは自由に働きかけない。人にはどんな場合も自由がある。大きく考えれば、曲にかかわる全員が、演奏家も含めて、清道に対し、受け取る側に徹することはない。作曲途上で働きかけてもいいだろう。それに対する清道の反応は、顧慮しなくてもいい。私は彼と彼の曲について、誰も支配者にならない、アナーキーな状態を感じているようだ(それは気持ちのいいことだが、アナーキーであることは難しい。その難しさを感じている。ついに終わりが来るまで難しいままだろう)。
 曲の締切日、四月十六日の三日前、四月十三日に、私は清道洋一に詩を送った。これが今の、私と清道の関係の、ひとつの形である。彼がどう受けとめたかわからないが、ここに発表する。(題名の「幸福」が、そのままふたりの関係を表わしているのではないことをお断りしておく)

幸福な世紀に

I.

散らばった
世界に
流れこむ
破壊と
再生
真の
勝利は
封印された
自作自演のドラマ
究極の未来志向は
もう終わりだから
消し去られた
道筋と
痕跡
敗北のカードを切る
奪われて
止めを刺した
無能
底をつく
敵の目的が
絶叫せよ!
これこそが
断片なのだ
終わらない
攻撃は
何もかも不明
速やかな
撤退と
裏切り
犠牲
GOのサインが
点滅する
切り裂かれた
瞼の
向こうで墜落してゆく
朝焼けは
あまりにもまぶしい
衝撃

II.

夢中だったのです
どこがどう違うのか
理解できます
惜しげもなく披露公開暴露しています
明らかに違うしたたかさ
そこまで考えた時に食い潰されました
この惑星で暮らしてゆこう
冒険の記録は本質がまったく逆です
想像を絶した歴史に集約されてゆきます
このあたりでつながった
意味のある少年たちの疑い
一連の決まった動作で行います
すべてが託されているのです
あのころは何もかも余談でした
死の実験室と過渡期のダンスフロア
むき出しの攻撃性は単一志向です
予測できたことでは?
人生を安定させるための噴射を制御
存在しない三次元を探して苛立っていました

III.

灯もつけないバスが
真暗な尾を引いて
走ってゆく高速道路
時速百五十キロで
何もかも人生を終わらせよう
果てしない坂道に星が!
またたいていた
運転席でハンドルを握る
死というやつ
呼び止めても無駄なこと
いつか乗っていた
ひび割れて修復不能の
人生を抱えて
ドアを開けるとそこは
空っぽだ
覚えているだろうお前なら
落ちていったはずだ
どこまでも
望んだこと望みどおりのこと
自在な
つかみどころのない
予言が
築き上げる
暗黙の
実現可能な
時代と
先触れした
約束
巨人たちの戦い
ファインダー越しに見ている
独白の
記憶装置
叙述装置
さかのぼってゆく
たどってゆく
物理的に存在しない
幻想
過去
リアル
何もかもすべて
「ベースは用途に応じて作ってきたんです距離を変えてなかなか思うようにいかない時間がかかるなら現代人だからこそかなり自由度を持って捨てられない浮かんできたアイデアなんです私のひとつの理想なんですウチのストーリーそこで何種類かの雪の降る本質の面白さを殺して大きなシステムを抱えこむと基本的に負荷が増えますからね最もリアルタイムなんですよ」
誰もいない
運転席
時速百五十キロ
ひた走る
灯もつけないバスは
無言で
走ってゆく
果てしない高速道路
坂道の頭上にまたたいていた星空は死というやつが乗っていた
人生の終わりに

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