トロッタ14通信〈記録〉.5
『蒼鷺』
〈作曲 伊福部昭/詩 更科源蔵〉
伊福部昭が更科源蔵の詩によって書いた最後の歌曲。他の『知床半島の漁夫の歌』『オホーツクの海』『摩周湖』と同じく、更科の第二詩集『凍原の歌』から採られた。「蝦夷榛(えぞはんのき)に冬の陽があたる 凍原の上に青い影がのびる」という蒼鷺の描写が印象的だ。オーボエの音色が聴く者を世界に引きこむ。ソプラノ藍川由美によって2000年に初演された。〈K〉
バリトン*根岸一郎 オーボエ*三浦 舞 コントラバス*丹野敏広 ピアノ*徳田絵里子
【記録】根岸さん、三浦さん、丹野さん、徳田さんによる練習風景を思い出す。何度も何度も、合わない、どう合わせる、というようなことを繰り返しておられた。それは、あるべき音楽の風景である。そのようなことを、私は自分が出演する曲で、できたであろうか。できていない。あまりにも慌ただしく、すべてが過ぎていってしまった。昨年、「北海道新聞」に、伊福部昭先生と更科源蔵氏について、原稿を寄せることができた。それは個人的に、画期的なことであったと思う。そのことをじっくり噛みしめる時間がないのが残念だ。それは、東京の「トロッタの会」が、このようなことをしているという報告、情報だけに終わらない(と、私は思っている)。私の考え方であり、伊福部昭と更科源蔵という創作者の歴史であり、トロッタにとっては現在形の、たった今、作られつつある歴史的事象なのである。私はもっと、新聞記事の続きを書かなければならず、深めていかなければならない。
あらゆる音楽会の宿命だが、次から次へと曲が演奏されるのだが、例えば、『蒼鷺』一曲を演奏する一夜があってもよい。二本立て映画があれば、私は目当ての一本を観たら、もう外に出たいと思うから。印象を拡散させてしまいたくないから。伊福部先生にとって『蒼鷺』は力を尽くした曲だから、それだけをじっくり聴くための時間を作ってもいい(ただ、二本観たからといって、後から考えると、必ずしも印象は拡散しないということを知っている。高校生の時だったと思うが、佐藤純彌監督の『新幹線大爆破』と、ブルース・リー〜李小龍と書きたい〜監督・主演の『ドラゴンへの道』を二本立てで観た。どちらも傑作であり、歴史に残る作品だ〜本来、歴史に残らない作品というのは一本もないので、記憶に残すべき作品、というように書けばいいのだが、人によって記憶の残り方は様々である〜。印象を拡散させたくないなら、どちらかを観てすぐ退場すべきだが、『新幹線大爆破』と『ドラゴンへの道』は二本立てで観てよかったと思っている。印象は、まったく拡散していない。作品に力があれば、そうなるのは当然である)。
伊福部先生の作品は、どれも大きい。大きさということを、生前にお話しを聞く過程で、私は常に意識していた。小さく終わらせたくないと、私自身の作品についても思っている。コップいっぱいの中にも、大きさは作り出せるのである。更科氏の詩にも、大きさを感じる。大きさとは何か?
トロッタが、伊福部先生を意識するところから始まり、詩を書く私の中に更科源蔵氏への意識がある以上、仮に誤解(自分流の解釈)であっても、何かを継承していることは確かだと思う。正解であれ誤解であれ、継承していきたい。トロッタに箔をつけたいとか、正統性を主張するとか、そんなことはまるで思っていない。異端であれ、孤独であれ、という思いさえ勢い余って抱きそうだが、そうひねくれることもないだろう。『音楽家の誕生』を書いた私である。伊福部先生の影響下にあることは、素直に認めていい。影響を受けていないという方が無理だ。更科氏が登場する伊藤整の『若い詩人の肖像』を高校生のころから愛読したのだし、伊福部昭という作曲家と更科源蔵という詩人の関係をうらやましいと思う(しかし、作曲家と詩人の関係なら、トロッタは相当に深めているし、経験を積んでいると思うし、十分な足場になっていると思う。そのことを本当に実感するのは、トロッタの活動が休止した時かもしれない)。−−どうも曲の成果について語っていないが−−根岸一郎氏という、伊福部先生の歌を歌いたいというバリトンの存在を得て、トロッタは、そのすべきことを着々と実現していると思う。演奏機会の少ない『蒼鷺』を、トロッタは演奏できた、お聴かせできたという事実。これを大事に思わない私ではない。貴重だ。その貴重さを、翻って、すべての作曲家、演奏家について感じる。そうしたことが、伊福部先生から始まっているということ。噛みしめたい。『知床半島の漁夫の歌』など、すでに演奏した曲を再演してもいいだろう。
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