2009年11月12日木曜日

「トロッタ通信 10-3」

私が初めて音楽のための詩を書いたのは、甲田潤さんがチャイコフスキーのバレエ音楽を編曲をした、合唱曲『くるみ割り人形』です。甲田さんから依頼を受け、彼が合唱指導する、すみだ少年少女合唱団のために書きました。終曲の詩で、甲田さんと意見の相違を見まして、2000年、曳舟文化センターで行われた初演に立ち会うとか立ち会わないとかのやりとりをし、結局は立ち合ったのですが、今から思えば生意気であり、何の意地を張っていたのだろうと思います。


伴奏はピアノでした。2004年には、すみだトリフォニー大ホールで行われました、墨田区の合唱大会で、小編成のオーケストラを伴奏にした演奏を聴かせていただきました。すべてが、貴重な体験でした。トロッタの会のメンバーである戸塚ふみ代さん、トロッタ8にご出演いただいた、コントラバスの丹野敏広さんも、この時のオーケストラのメンバーです。2005年には、曳舟文化センターにてピアノ伴奏で演奏され、私も詩の一節を朗読しました。これから先、何度でも演奏していただきたいと思います。


今ならば、もう少し違った詩を書くかも知れません。言葉をもっと、少なくできたでしょう。しかし、あれはあれで、よいと思います。私には、“詩と音楽”を考える出発点になりました。トロッタ以前に『くるみ割り人形』があったこと。私には大きな意味があります。


ただ--、すでにある曲に詩をつけるのは、私としては本来の作り方ではありません。“替え歌”というものがあります。誰もが知っている歌を、好きな詩、できるだけ他人の笑いを誘うような詩に替えます。センスは問われますが、誰にでもできることです。子どものころ、私もよく替え歌で遊んでいました。その替え歌のような気がするのです。甲田さんとの共作が替え歌だというのではなく、曲が先で詩が後の場合、替え歌になる危険性をはらんでいるといっておきます。


まったくのゼロから、詩を作りたいと思います。それが音楽になればと思っています。作曲者の立場に立てば、また違う意見が出るでしょう。歌にすることを前提に、詩のない曲を書くのと、詩がすでにあって曲を書くのとではまるで違います。この文章も、作曲者からの視点で書かれればおもしろいでしょう。


甲田さんのために、私は『ひよどりが見たもの』という連作詩を書きました。合唱団が歌ってくれる前提で、です。しかし、甲田さんの都合があり、曲になっていません。歌が始まるまでの前奏は聴かせてもらいました。甲田さんらしい、重厚さに満ちていました。いつの日にか、実現するでしょう。楽しみに待ちたいと思います。


代わりに、『ひよどりが見たもの』を曲にしたのは、酒井健吉さんでした。ただし、歌はありません。今は詩唱といっていますが、朗読のための曲になりました。酒井さんには、「トロッタの会」の名前の起こりとなった『トロッタで見た夢』を、2005年、朗読を伴う音楽にしていただきました。酒井さんとは、“詩と音楽を歌い、奏でる”という、トロッタのテーマそのままの共同作業を続けてきました。

2006年には『夜が吊るした命』『兎が月にいたころ』『ひよどりが見たもの』、2007年には『雪迎え/蜘蛛』『唄う』『町』『旅』『みみず』『水にかえる女』『天の川』『緑の眼』、2008年には『光の詩』『祈り 鳥になったら』『海の幸 青木繁に捧ぐ』『庭鳥、飛んだ』と、酒井さんらしい曲がたくさん生まれました。今は事情があり、一緒にできていません。しかし、曲は残っています。これが希望です。

「室内楽劇」

酒井さんが命名した、朗読を伴う音楽様式の名前です。

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